東京新聞「青木理」を使ってテロ擁護

「犯人の動機を報じるな」はどういう理屈? 首相襲撃事件で一部自民党議員が主張

岸田文雄首相に対する爆発物襲撃事件から22日で1週間。威力業務妨害容疑で現行犯逮捕された無職木村隆二容疑者(24)=兵庫県川西市=は黙秘を続けているとされ動機は不明だが、一部の自民党国会議員らからは、「犯人の動機を報じるな」との声が上がる。テロ肯定や、模倣犯につながるからだという。ただ、どのような背景から動機が生まれ、犯行に至ったかは重要な問題だし、その報道を権力側が統制するのはおかしい。「動機を報じるな」の理屈を検証する。(大杉はるか、中山岳)

◆細野豪志氏「報道に『売れる』という以外の価値を感じない」

動機などの報道を否定する細野氏のツイッター
動機などの報道を否定する細野氏のツイッター

 逮捕された木村容疑者は、いぜん黙秘を続けているという。共同通信によれば、昨年、参院選の被選挙権年齢制限などを違憲だとして本人訴訟で提訴していたことや、同容疑者のものとみられるツイッターに「岸田首相も世襲3世」などの投稿があったことが判明している。ただそれでも、今回の事件の動機や背景はまだ不明だ。

 こうした中で、自民党の国会議員らが、「報道は動機や背景を追及するな」と主張している。

 自民党の細野豪志衆院議員は20日、「岸田総理を襲撃した男の人物像、テロの動機について報道合戦が始まった。私はこれらの報道に『売れる』という以外の価値を感じない」とツイート。「卑劣なテロ行為がなければ、男の政治や選挙制度に対する不満(単なるわがまま)を人々が知ることはなかった。テロにより目的の半分を達成したと言えるかもしれない」と続けた。

 孤独・孤立対策に取り組むNPO「あなたのいばしょ」の大空幸星こうき理事長の「犯行に至った背景を解明し、必要に応じて社会的アプローチを検討する事は必ずしもテロ行為に正当性を与えるものではない」というツイートには、「私はテロを起こした時点でその人間の主張や背景を一顧だにしない。そこから導き出される社会的アプローチなどない」と断じた。

事件の原因追及が必要とする青野氏に対し、「100%間違っている」と断じる武井氏のツイッター
事件の原因追及が必要とする青野氏に対し、
「100%間違っている」と断じる武井氏のツイッター

 さらに同党の武井俊輔衆院議員も17日、IT企業サイボウズの青野慶久社長がツイッターで、犯罪原因の探求と原因を減らす必要性を主張すると、「100%間違っている」と真っ向から否定。犯罪原因の探求は正当化と同じで、原因は「100%加害者」にあり、「それをいささかでも揺るがすことは正当化を誘発する」とした。

 改めて「こちら特報部」が取材を申し入れると、細野氏は「時間が取れない」、武井氏は「ツイッターに書いたことがすべて」と回答した。

 もっとも細野、武井両氏だけではない。事件直後に「動機の解明と公表が急がれる。今回は選挙期間中を理由に曖昧にしないことが重要」とツイートした全国霊感商法対策弁護士連絡会の紀藤正樹弁護士には、「動機次第でまた利用する気ですか」「テロリストは問答無用で処罰するのみ」などの投稿が相次いだ。テロ問題にも詳しい紀藤氏は「そもそも自由社会で動機や背景の公表を否定するのは、情報統制を容認する危険な思想。国民は知りたい、メディアは知る権利に応える、権力側も必要な情報を速やかに国民に知らせないといけない」と語る。

◆「健全な社会をつくるために必要なこと」がある

2019年3月、ニュージーランド南部クライストチャーチで、銃乱射事件のあったモスクの近くに供えられた多くの花=北川成史撮影
2019年3月、ニュージーランド南部クライストチャーチで、
銃乱射事件のあったモスクの近くに供えられた多くの花=北川成史撮影

 一連の「報じるな」の論拠として挙がるのは、2019年にニュージーランドで起きたモスク銃乱射事件襲撃犯に対するアーダン首相(当時)の発言だ。BBC(電子版)によれば、事件から4日後、「男はテロ行為を通じていろいろなことを手にしようとした。その一つが悪名だ。だからこそ、私は今後一切、この男の名前を口にしない」と語ったという。武井氏は「これが国際スタンダードのあるべき態度」と紹介している。

 このアーダン氏の発言は「動機を報じるな」という趣旨だったのか。現地のメディアはどう応じたか。

 テロ事件直後に現地入りし、取材した本紙の北川成史記者は「多文化共生を重視する国で、多くの人はショックを受けていた。ただ現地のメディアは犯人の実名、生い立ち、思想などを報じており、それを問題視する意見は盛り上がっていなかった」と振り返る。それより、政府が銃規制にすぐ動いたことが印象に残ったという。「テロを許さないとの声が高まり、偏った思想の人間による銃犯罪をどう防ぐかの議論が進んで対策された」

 憎悪犯罪(ヘイトクライム)などを研究している東海大のアルモーメン・アブドーラ教授(言語文化学)は「ヘイトクライムには、犯人の暴力行為や偏った思想が場所や世代を『移動』し、人によっては感化される恐れがある」と指摘。アーダン氏の発言は「国のリーダーとして『ヘイトを許さない』というメッセージを出し、社会や次世代に広まるのを防ぐ意味があった」と評価する一方、メディア報道の是非とは同列に論じられないとする。

 「テロであれ他の犯罪であれ、犯人の名前や思想を宣伝のように繰り返し報じれば問題あるだろう」としつつ、ポイントは「報じるべきか否か」でなく、「何を報じるか」だと説く。

 「重要なのは、容疑者を犯行に駆り立てたものは何なのか、社会の人々が正しく知って理解することだ。それは健全な社会をつくるために必要で、容疑者や犯罪を正当化することを意味しない。そのために事件の動機や背景を取材して報じるのは意味がある。報道に接する人が、情報を読み解く力(リテラシー)を持つことも大切だ」

◆政治家が『これは報じるな』と言い出した時点で…

 そもそもどんな刑事事件であれ、容疑者の動機や背景は注目を集め、公判でも重要な要素とされる。これらを報道する意義について「捜査機関が公判を維持したいために一方的なストーリーを作っていないかや、大事な事実を隠蔽いんぺいしていないかをチェックする意味もある」と解説するのは、龍谷大の石塚伸一名誉教授(刑事法)だ。

 事件報道を巡っては、記者クラブ所属の記者が警察の記者会見に出て、裁判で傍聴席の一部を報道用に割り当てられてもいる。石塚氏は「社会の公器として国民の知る権利に応え、事実を報じる役割を期待されているからだ」と述べる。

 近年はSNSでさまざまな情報や臆測も流れているとし、「フェイクニュースを是正するためにも、信用度の高いメディアの報道は重要だ。容疑者の主義・主張のどこまでを報じるかは、事実かどうか裏付けを取った上で報道機関が判断すべきことだ」と強調する。

 政治家を標的にした事件で「容疑者の言い分、動機を報じるな」との声は、昨年の安倍晋三元首相の銃撃事件後も起きた。ジャーナリストの青木理氏は「私の知る限り、まともなメディアで安倍氏への銃撃を肯定的に報じた記事はなかった」とし、自民党の政治家らと世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係がクローズアップされた影響を挙げる。「特に権力側にいる人々にとって、自分たちに都合の悪い情報が報じられて批判が高まることを避けたいだけだろう」と述べ、こう警鐘を鳴らす。

 「今回の事件もそうだが、与野党問わず政治家が報道について『これは報じるな』と言い出した時点で、民主主義の根幹は崩れる。多くの事件事故の背景や容疑者の動機には、時代のゆがみや社会の問題が映し出されている。そうした問題の根源に迫り、提起するのはメディアの役割だ」

◆デスクメモ

 安倍氏銃撃事件の直後、ネット上では、同氏を批判してきた勢力にあおられたテロという見方が一瞬、広まった。ほどなく旧統一教会がらみの動機が報じられたことで、この見方は打ち消されたが、「動機を報じるな」という人々は、あのままの方が良かったと思っているのだろうか。(歩)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/245507

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